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「一緒に居たい」
しぃんと静まり返る。
この家は僕には静か過ぎる。
千鶴子さんは。
・・・千鶴子さんは雪江と連れ立って紅葉を見に行くとか言っていた。
あの様子だとしばらくは帰らない。
静寂に耳が痛い。
ぺらりと主が本を捲る音だけが空間に響いて、嫌に耳につく。
主が本を読むのは止められそうにない。
僕は何もすることがなくて、主の手元を見つめた。
顔なんて、目でも合ってしまったら、僕は。
ぺらり。
確実に男の指であるのに、美しく見える細い指。
ぺらり。
爪なんかは几帳面に切り揃えている。
ぺらり。
不健康そうな肌色をしている。
ぺらり。
どうせこの主は、店と家の往復で毎日を過ごしているのだろう。
ぺらり。
だけど僕は。
ぺらり。
この指の持ち主と。
ぺらり。
ぺら。
「関口君」
びくんと自分の身体が文字通り跳ね上がった。
手の持ち主が、自分から話しかけるなんて思いもしなかったのだ。
深い心地好い声は、ため息交じりに発せられた。
目線を少し上にするが、本から目を離す気はないようだ。
「そんな顔をして、どうしたんだね」
「す、すまない」
反射的に謝った。
上げた視線がまた下がる。
「どうして君は謝る。ただ僕は君が何か考え込んでいるから、どうしたのか尋ねただけじゃないか」
「いや・・・大したことじゃないんだ」
「あんな顔をしていても?」
自分の顔に片手で触れた。
酷い顔でもしているのだろうか。
「無自覚か」
下げたままの視線に、栞を挟まれた本が飛び込んできた。
和綴じではなく、ごく普通のありふれた本。
主にしては珍しい、と口元が僅かに緩む。
「何をそんな顔でにやにやしているんだ」
どんな顔だ。
主が立ち上がったらしい。
僕は顔を上げない。
するすると衣擦れの音。
風が障子をカタカタ揺らす。
木々がさやさやと揺れる。
空高く飛ぶ鳥の鳴き声。
いつのまにか周りの音が聞こえていた。
足音が近づいて、僕の隣で主は止まる。
「関口君」
顔を上げろ、と暗に催促される。
否定の意味で首を振るが、主の言葉にしない圧力には勝てなかった。
ゆるゆると、僕を見下ろす主を見上げる。
いつものように眉間に皺がよっている。
目を合わせると、何故か困ったような笑っているような表情をした。
「あ」
一筋だけ、涙が僕の頬を伝った。
「寂しいなら言えばいいだろう?君は猿じゃないんだから、一言言えば済むものを」
僕は寂しかったのか?
何となくここへ来て、何となくここに居ただけなのに。
彼は座布団を引っ張って来て僕の隣に座る。
珍しい、微笑んでいる。
「京極堂、僕は」