[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
指
午後、犬(真っ黒い我が愛しのパットフッド)と一緒に散歩に出た。
牢獄に長い間無実の罪で収監されていた彼は、今でもその誤解が解けずに、行方を捜されている。
そのために彼は犬に身をやつしていないと外にも出られない。
それでも彼は散歩が好きだ。私も無粋にリードなど付けずに、彼の歩きたいがままにさせている。
これは彼と暮らし始めてから、もう習慣になってしまっている。
最近シリウスは幸せそうで
私はそれが嬉しい、
はずだった。
今日の深夜。
彼は酷く酔っていた。
普段は彼の好みのワインだけを、上品に、ゆっくりと、味わいながら飲む。私はそれを見ながら、一人で甘い物に手を伸ばし、時々彼のグラスを分けてもらう。
しかし今夜は目に入った酒を、片っ端から空にしている。
中には、彼がやっとの思いでコレクションしてある最高級のワインもあった。
味わうことなんて2の次で、まるで自棄酒。
失業者が一日の終わりに酔っ払うためだけに飲む、悪い飲み方をしている。
自分がそう比喩した事実に、他人事と笑えないのが性質が悪い。
人狼と凶悪犯、自虐出来る要素はいくらでもある。
私は彼が7本目のビールの缶をテーブルに置いたところで、彼の手から8本目になるはずだった缶を取り上げた。その間にはワインが2、3本挟まれている。
「シリウス、いくらなんでももうダメだ。愚痴なら聞いてあげるから」
彼は酔いの回りきった瞳を私に向け、子供のような熱を持つ手で私の腕を掴む。
体温に耐え切れなくて開けているシャツのボタンから刺青がのぞく。
健康的とは言えない肌に刻まれている刺青は痛々しく見える。
「愚痴しかきいてくれないのか、リーマス?」
いつものはっきりとした声ではなく、とろんと舌足らずな口が何故か憎たらしい。
愚痴ではないというのなら、彼は何を言いたいのだろう。
この愛しい黒犬の考えは、私には読めそうになかった。
私が彼の飲んだ缶と瓶を片付ける。彼は椅子に弛緩した身体を預けたままで、立ち上がろうとはしない。
「君が言いたいなら何でも聞いてあげるよ」
いつでも私はそう思っている。
「言ってくれると思った」
心からすんなり出てきた言葉は、彼の言葉を引き出すには十分だったようだ。
彼は軽く頷くと、アルコールですっかり赤くなった顔を覚ますように仰いだ。
テーブルの上に瓶も缶もツマミもなくなると、私は彼と対面するように椅子に腰掛けた。
「手をテーブルの上に置いてくれないかい?」
潤んだ目は私を見ていない。
突飛な申し出に、それでも私は素直に従う。
手の甲を上に向けて右手を差し出すと、シリウスの手が私の手に触れ、手の平を上にするように正された。そして彼の指は、私の手をなぞるように触れる。
彼の指は細い。アズカバンから出てきて、あの学校で再会したときよりはふっくらとしているが、それでもまだ昔のようには戻れない。
彼も私の手を見ていた。
二人とも何も言わずに、じっと互いの手を見ていた。
時間が解らなくなったくらいの沈黙の末、先に動いたのはシリウスだった。
彼は私の左手を自分の口元に運ぶ。
アルコールで色づいた唇が、薬指に噛み付いた。
まるで犬が甘噛みするように。
指に軽く噛み痕がつくくらいの強さで、何度も繰り返された。
「シリウス」
名前を呼ぶと、彼の透明な灰色の目がようやく私を見る。
机に身体を乗り出して、空いている方の手で彼をきつく抱き締めた。
今までに何度言ったか解らない「愛してる」を彼の耳元で何度もささやく。
彼の顔を見ようと抱き締めている腕を緩くすると、指を離した唇が私の唇に重ねられた。
早朝。
「・・・ってことがあったんだけど、覚えていないかな?」
まだ気だるげな彼に向かって言ってみた。
「知らん!聞くな!」
照れて反対側を向いてしまった彼の代わりに、薬指にキスをした。